*「小説」「啓蒙書」「解説本」は除外。
*ただし小説の古典的なものは記す。啓蒙書は「哲学書」の範疇まで記す。ただし「現代思想」・「哲学の解説書」はこれに該当させない。又、「SF」「ファンタジー」「ミステリー」も除外する。(ブラムストーカーの「吸血鬼」なども古典的だが除外。)
尚、「専門書」と「洋書」(解説・ペーパーバック等)も除外することとするし、図書館などで借りたものも除外。既に手元にないものも除外とする。
*ハードカバーサイズも記述しないことにします。
(基本的に新書か文庫サイズのみ)
◆講談社現代新書
世界人名物語 梅田修
「三国志」の知恵 狩野直禎
ジャンヌダルクの神話 高山一彦
「気」でみる人体 池上正次
「都市」を遊ぶ 高山公理
酒池肉林 井波律子
禅のすすめ 佐藤幸治
文化人類学の世界 C・クラックボーン
ブレインイングリッシュのすすめ ケリー・伊藤
ドイツ語のすすめ 藤田五郎
不老不死 大杉徹
ユダヤ人 上田和夫
七三一部隊 常石敬一
スピルバーグ 筈見有弘
「知」のソフトウェア 橘花隆
客家 高木桂造
マンガと「戦争」 夏目房之介
ナルシズム 中西信男
知的生活の方法 渡辺昇一
はじめてのインド哲学 立川武蔵
英語的思考 澤登春仁
武士道とエロス 氏家幹人
三国志の英傑 武田明
イスラームとは何か 小杉泰
世界自動車産業の興亡 下川浩一
海の世界史 中丸明
<性>のミステリー 伏見憲明
シュタイナー入門 西平正
ナルシズム 中西信夫
ラカンの精神分析 新宮一茂
意識とは何だろうか 下條信輔
退却神経症 笠原嘉
故事成語 合山究
傭兵の二千年史 菊池良生
◆岩波新書
戦中用語集 三国一郎
昭和史 遠山茂樹 今井清一 藤原彰
精神病 笠原嘉
実存主義 松波信三郎
あいまいな日本の私 大江健三郎
妖怪画談 水木しげる
活字のサーカス 椎名誠
女帝のロシア 小野理子
新心理学入門 宮城音弥
スゥェーデンの挑戦 岡沢憲芙
日本の歴史 上 井上清
日本の歴史 中 井上清
日本の歴史 下 井上清
ロビンフッド物語 上野美子
日本の地名 谷川健一
インドで考えたこと 堀田前衛
大往生 永六輔
ぼくのマンガ人生 手塚治虫
中国近現代史 小島晋治 丸山松幸
核の冬 M・ロワン=ロビンソン
◆中公新書
木戸孝允 大江志乃夫
高杉晋作 奈良本辰也
坂本竜馬 池田敬正
ケルト神話と中世騎士物語 田中仁彦
ゾウの時間・ネズミの時間 本川達雄
私のミュンヘン日記 子安文
軍師・参謀 小和田哲男
「超」整理法 野口悠紀夫
続「超」整理法 野口悠紀夫
◆旺文社新書
人物・世界史T 掘米傭三
人物・世界史U 掘米傭三
◆岩波文庫
アポロドーロス ギリシア神話 高津春重
ギリシア神話 ブルフィンチ/野上弥生子
変身 カフカ
水妖記 フーケ/柴田治三
地獄の季節 ランボォ
生きている過去 レニエ/窪田般禰
ファゥスト 第一部 ゲーテ/相良守峯
ファゥスト 第二部 ゲーテ/相良守峯
人形の家 イプセン/竹中道夫
宝島 スティーブンスン/安部知二
ジーキル博士とハイド氏 スティーブンスン
若きウェルティルの悩み ゲーテ/竹山道雄
ほら吹き男爵の冒険 ビュルガー/新井皓士
狭き門 アンドレ・ジイド/川口篤
古代への情熱 シュリーマン/村田数之亮
読書について ショーペンハウエル
自殺について ショーペンハウエル
遠野物語・山の人生 柳田國男
ガリア戦記 カエサル/近山金次
サロメ ワイルド
カルメン メリメ
怪談 ラフカディオ・ハーン/平井呈一
伊勢物語 大津有一
高野聖・眉隠しの霊 泉鏡花
舞姫・うたかたの記 森鴎外
蟹工船 一九二八・三・一五 小林多喜二
◆新潮文庫
異邦人 カミュ
シーシュポスの神話 カミュ
ペスト カミュ
武器よさらば ヘミングウェィ
老人と海 ヘミングウェィ
誰が為に鐘はなる ヘミングウェィ
罪と罰(上) ドストエフスキー
罪と罰(下) ドストエフスキー
パンセ(上) パスカル
パンセ(下) パスカル
赤と黒(上) スタンダール
赤と黒(下) スタンダール
人生論 トルストイ
ハムレット シェイクスピア
ロードス島攻防記 塩野七生
クラゼヴィッツの暗号文 広瀬隆
死者の奢り・飼育 大江健三郎
小説のたくらみ・知の楽しみ 大江健三郎
御伽草紙 太宰治
破戒 島崎藤村
細雪(中) 谷崎潤一郎
細雪(下) 谷崎潤一郎
痴人の愛 谷崎潤一郎
蜘蛛の糸・杜氏春 芥川龍之介
河童・在る阿呆の一生 芥川龍之介
羅生門・鼻 芥川龍之介
仮面の告白 三島由紀夫
金閣寺 三島由紀夫
注文の多い料理店 宮沢賢治
◆角川文庫
セブンイヤーズ イン チベット ハインリヒ・ハラー
わが闘争(上) ヒトラー
わが闘争(下) ヒトラー
アーサー王物語 ブルフィンチ
もの食う人々 辺見庸
細雪(上) 谷崎潤一郎
八つ墓村 横溝正史
本陣殺人事件 横溝正史
◆講談社文庫
小説 十八史略(一) 陳舜臣
小説 十八史略(二) 陳舜臣
小説 十八史略(三) 陳舜臣
小説 十八史略(四) 陳舜臣
小説 十八史略(五) 陳舜臣
小説 十八史略(六) 陳舜臣
封神演義 (上) 安能務
封神演義 (中) 安能務
封神演義 (下) 安能務
孟子・大学・中庸の思想 蔡志忠/野松陳平/和田武司
老荘3000年の知恵 蔡志忠/野松陳平/和田武司
老荘の思想 蔡志忠/野松陳平/和田武司
孫子・韓非子の思想 蔡志忠/野松陳平/和田武司
孔子の思想 蔡志忠/野松陳平/和田武司
菜根譚・世説新語 蔡志忠/野松陳平/和田武司
史記・列子の思想 蔡志忠/野松陳平/和田武司
禅の思想 蔡志忠/野松陳平/和田武司
◆
アンネの日記 A・フランク◆文春
ヴェニスの商人 シェイクスピア◆ちくま
ローマ帝国衰亡史 E・ギボン◆ちくま
水滸伝 魚返善雄◆教養
真田幸村 松永義弘◆成美堂
鬼がつくった日本 小松一彦/内藤正敏◆光文社
仮面の男 A・デュマ◆竹書房
日はまた昇る ヘミングウェイ◆集英社文庫
手堀り日本史 司馬遼太郎◆集英社文庫
十津川街道 司馬遼太郎◆集英社
愛蘭土紀行T 司馬遼太郎◆朝日
愛蘭土紀行T 司馬遼太郎◆朝日
歴史を紀行する司馬遼太郎◆文春
聖書人物列伝 ◆新人物往来社
精神世界マップ ◆宝島
道具としての英語 ◆宝島
妖怪の本 ◆学研◆宝島
日本「神話・伝説」総覧◆宝島
「記紀・風土記」総覧◆宝島
世界「戦史」総覧◆宝島
*時代小説が多いが、記述しないことにしているので除外させていただきますが、「司馬氏」「池波氏」「山岡氏」「吉川氏」などの本は読んでいます。(冊数が多いので記述しないことにしました。)
また「現代書」も啓蒙の類も新書でなければ記述しません。(たとえば「養老氏」などの本)
新書版は私が個人的に好きなので記述します。
「年鑑」や「資料集」の類も記していません。
アトリエや倉庫にもありますが、まだ 少し整理が難しそうです。
廃版になったのも多々あるので、一つの目安に記しておきます。
2008年02月27日
2007年10月28日
「個」の「社会」
最近は「社会」を代弁する人が多い。新聞やニュースなどのマスメディアは元々はそういう場であり、公共の電波であるが、複数人で編集がある程度なさてれいるのはいうまでもない。
だが、同じ公共の電波でもインターネットでは話が別だ。HPやブログなどは編集がなされることは、ごく少なく、一個人的な意見としての話題のはずである。
しかし、どうも普及に伴って、本来は個人の意見であるはずにもかかわらず「社会」や「世間」などを持ち出して「代表意見」とする人が少数ながらいるのも事実です(中には「人類代表」とまで謳っていらっしゃる方もいらっしゃいます)。
と、いうのも 二、三 調べさせていただきましたが、どうも学生さんや社会経験の少ない方に多いみたいです。学生や新社会人だからいけないというわけではなく個人のなかで終着させるべき問題に「社会」を使うのは遺憾だと思える。
無論、議題が社会的問題に対してならば何の問題もないのであるが、「個人」と「社会」の概念が噛合っていない場合が多い。勿論、社会的に責任のある方が発言されるのは構わないが、全く責任をとらなくて済む立場の人間は発言するべきではないのかもしれない。勿論、最初からインターネットというものは「そういったものである」という認識は欠かせないものであるが、個人の発言と社会の発言を同一に考える傾向は 私はいただけないと思う。
さて、この「社会」を語る術の もう一つの意味は「集団」としての側面である。つまり「社会」といえば「正義」として通用すると思っている方々である。私見だが一番嫌いなタイプである。
勿論、そういった「社会」や「集団」の代表意見も必要であるが、それは責任ある立場での話であり、ネットや掲示板などの意見には責任が一切ない。
畢竟、「社会」という言葉を盾にすればいいとでも思っている意見などは嘆かわしい。「社会」といっても裏もあれば表もあるもので決していい面ばかりじゃないはずであるが、「個人主義」で「社会主義」を主張する方々は、それこそ「社会」から許されないもののような気がしてならない。
日本は「資本主義」であるにもかかわらず、こういった心配事が尽きないと思える。
だが、同じ公共の電波でもインターネットでは話が別だ。HPやブログなどは編集がなされることは、ごく少なく、一個人的な意見としての話題のはずである。
しかし、どうも普及に伴って、本来は個人の意見であるはずにもかかわらず「社会」や「世間」などを持ち出して「代表意見」とする人が少数ながらいるのも事実です(中には「人類代表」とまで謳っていらっしゃる方もいらっしゃいます)。
と、いうのも 二、三 調べさせていただきましたが、どうも学生さんや社会経験の少ない方に多いみたいです。学生や新社会人だからいけないというわけではなく個人のなかで終着させるべき問題に「社会」を使うのは遺憾だと思える。
無論、議題が社会的問題に対してならば何の問題もないのであるが、「個人」と「社会」の概念が噛合っていない場合が多い。勿論、社会的に責任のある方が発言されるのは構わないが、全く責任をとらなくて済む立場の人間は発言するべきではないのかもしれない。勿論、最初からインターネットというものは「そういったものである」という認識は欠かせないものであるが、個人の発言と社会の発言を同一に考える傾向は 私はいただけないと思う。
さて、この「社会」を語る術の もう一つの意味は「集団」としての側面である。つまり「社会」といえば「正義」として通用すると思っている方々である。私見だが一番嫌いなタイプである。
勿論、そういった「社会」や「集団」の代表意見も必要であるが、それは責任ある立場での話であり、ネットや掲示板などの意見には責任が一切ない。
畢竟、「社会」という言葉を盾にすればいいとでも思っている意見などは嘆かわしい。「社会」といっても裏もあれば表もあるもので決していい面ばかりじゃないはずであるが、「個人主義」で「社会主義」を主張する方々は、それこそ「社会」から許されないもののような気がしてならない。
日本は「資本主義」であるにもかかわらず、こういった心配事が尽きないと思える。
2007年09月30日
子供とインターネットの匿名性
以前から書きたかったことなのですがインターネットの問題点として、情報の匿名性というものがあります。これは当然のことながら第三者がインターネットに介入して個人情報を読まれないことです。ここで気をつけるべくは、たしかに第三者からは読まれないのですが、当事者間では、簡単に読まれてしまうというリスクを知らない人も多いのではないか?ということです。
顕著な例がホームページやブログに中傷文を送ったりすると、そこで履歴が残ってしまい、特定されてしまうケースが多いです。勿論、中傷などしなければわざわざ見る人もいないのですが、現状は見たくなくても見ざる負えないのではないでしょうか?
本来なら「あらし」とよばれる対策なのですが、中にはネット初心者や学生あるいはコドモは、こういった事を理解しないで書き込んでしまう傾向が強い。なぜならインターネットを力だと思い込んでいる節があるからである(ちょうど運転初心者が自動車の力を自分で走っていると勘違いするのと同じように)。
中でも、一番問題の多いのがコドモのネット環境。フィルタリング機能のネットを使用するのは小学生もしくはせいぜい中学生までであろう(あるいは全くフィルタリングしない場合もある)
長崎の「女子児童殺害事件(同じ学校の女子児童を女子児童が殺害)」などの事件の背景には「インターネット」でのメールのやり取りがあった、ということ。そこには中傷文が書かれていて、それが原因で殺傷事件にまで発展したというのは記憶に新しい。
他にも「いじめ自殺」の事件の多くには「学校裏サイト」というものが関係する。これは本来は学友同士のコミニュケーションの場ではあったが、ある特定個人の批判を書き上げたサイトになるケースが続発。結果的に「いじめサイト」になるケースである。抽象的書き込みや酷いのになればハダカの写真を載せたりするのが問題視されている。このサイトには問題があって本来ならすぐに削除されるべき記事なのであるが、ページ管理者がIT関係でもない人間のサイトなので削除が追いつかない、畢竟、無法地帯という寸法。そこで当事者が自殺してからログを提出するという惨状である。
勿論、これらは巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」にもいえることだが、何分、削除が追いついていないので無法地帯にみえるが、実際は無法ではない。たとえば「○○に爆弾をしかける」などと書き込みをすれば、管理者は公安にログを提出すれば即・逮捕できます。初心者やコドモの中にはこれが分からずに書き込みをしたり写真(動物の死体など)のせたりしますから本末転倒といえます。そもそも匿名とかいてあるのをそのまま鵜呑みして騙される方がどうか?と思うのであるが。
掲示板や個人のHPに書き込むのは自由とは思うし、交流はそうであって欲しい。しかし、そうやって匿名だから、などと考えていらぬ中傷をかけばログで調べられないことはないということをコドモ達には知っていて欲しい。それを知らないので無責任な書き込みなどが平気で行えるのではないだろうか?
顕著な例がホームページやブログに中傷文を送ったりすると、そこで履歴が残ってしまい、特定されてしまうケースが多いです。勿論、中傷などしなければわざわざ見る人もいないのですが、現状は見たくなくても見ざる負えないのではないでしょうか?
本来なら「あらし」とよばれる対策なのですが、中にはネット初心者や学生あるいはコドモは、こういった事を理解しないで書き込んでしまう傾向が強い。なぜならインターネットを力だと思い込んでいる節があるからである(ちょうど運転初心者が自動車の力を自分で走っていると勘違いするのと同じように)。
中でも、一番問題の多いのがコドモのネット環境。フィルタリング機能のネットを使用するのは小学生もしくはせいぜい中学生までであろう(あるいは全くフィルタリングしない場合もある)
長崎の「女子児童殺害事件(同じ学校の女子児童を女子児童が殺害)」などの事件の背景には「インターネット」でのメールのやり取りがあった、ということ。そこには中傷文が書かれていて、それが原因で殺傷事件にまで発展したというのは記憶に新しい。
他にも「いじめ自殺」の事件の多くには「学校裏サイト」というものが関係する。これは本来は学友同士のコミニュケーションの場ではあったが、ある特定個人の批判を書き上げたサイトになるケースが続発。結果的に「いじめサイト」になるケースである。抽象的書き込みや酷いのになればハダカの写真を載せたりするのが問題視されている。このサイトには問題があって本来ならすぐに削除されるべき記事なのであるが、ページ管理者がIT関係でもない人間のサイトなので削除が追いつかない、畢竟、無法地帯という寸法。そこで当事者が自殺してからログを提出するという惨状である。
勿論、これらは巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」にもいえることだが、何分、削除が追いついていないので無法地帯にみえるが、実際は無法ではない。たとえば「○○に爆弾をしかける」などと書き込みをすれば、管理者は公安にログを提出すれば即・逮捕できます。初心者やコドモの中にはこれが分からずに書き込みをしたり写真(動物の死体など)のせたりしますから本末転倒といえます。そもそも匿名とかいてあるのをそのまま鵜呑みして騙される方がどうか?と思うのであるが。
掲示板や個人のHPに書き込むのは自由とは思うし、交流はそうであって欲しい。しかし、そうやって匿名だから、などと考えていらぬ中傷をかけばログで調べられないことはないということをコドモ達には知っていて欲しい。それを知らないので無責任な書き込みなどが平気で行えるのではないだろうか?
2007年09月19日
秘伝・戸隠流忍術
秘伝・戸隠流忍術(著・初見良昭)
忍術と一口にいっても様々であるが、本書は武術として、精神的な支柱として書かれている。無論、概存の「忍術」も掲載はされていますが、あくまでも「武」の心としての視点で著である。
著者・初見良昭氏は戸隠流忍術三十四代目継承者であり、武神館を創設された人物。忍術の他、剣術・棒術・骨法・体術など9流派の宗家であり国際的にも有名で各国の軍・警察のインストラクターとして人気があり、各国から多くの表彰・感謝状を受けている。
本書は初見氏の土屋書店発行の武道選書の一つである。初版は2005年となってはいる(別書版でも85年発行)が内容は初見氏の比較的若い頃の内容が主で経験・体験談が多く盛り込まれており、武術にあまり関心のないかたでも、その精神的な思想・考察の流れだけでも読む価値はあると思われる。
私見ながら…
忍術・武士道の系譜や思想、技の派生の記事は読み物としてもエンターティメントとしても優秀である。が、本論としての思想と物の考え方については、やや上級者向けなので時間をかけて読む必要があると思われる。また、本書全体を通してであるが「論理付け」がなされているので隙が少ない文章構成になっているのも特徴的で一冊で一文と鑑みる方がよい。
![]() | 秘伝戸隠流忍法―戸隠流忍法・生きる知恵 (武道選書) 初見 良昭 (2005/07) 土屋書店 この商品の詳細を見る |
忍術と一口にいっても様々であるが、本書は武術として、精神的な支柱として書かれている。無論、概存の「忍術」も掲載はされていますが、あくまでも「武」の心としての視点で著である。
著者・初見良昭氏は戸隠流忍術三十四代目継承者であり、武神館を創設された人物。忍術の他、剣術・棒術・骨法・体術など9流派の宗家であり国際的にも有名で各国の軍・警察のインストラクターとして人気があり、各国から多くの表彰・感謝状を受けている。
本書は初見氏の土屋書店発行の武道選書の一つである。初版は2005年となってはいる(別書版でも85年発行)が内容は初見氏の比較的若い頃の内容が主で経験・体験談が多く盛り込まれており、武術にあまり関心のないかたでも、その精神的な思想・考察の流れだけでも読む価値はあると思われる。
私見ながら…
忍術・武士道の系譜や思想、技の派生の記事は読み物としてもエンターティメントとしても優秀である。が、本論としての思想と物の考え方については、やや上級者向けなので時間をかけて読む必要があると思われる。また、本書全体を通してであるが「論理付け」がなされているので隙が少ない文章構成になっているのも特徴的で一冊で一文と鑑みる方がよい。
2007年08月08日
武士道 新渡戸稲造著
新渡戸稲造が明治33年に発行した本。一般的な『武士道』という概念を世界にしらしめた名著。ただ、武士道の概念のみに留まらずに、その思想形態の系譜を研究してているのが興味深い。一応、英文をで新渡戸は刊行しており、これが単純な概念論でなく、歴史体系を含んだ著書であるという自負が窺える。
さて、本文の内容は基本的には武士の思想を西洋の感覚で比較検討した論文。西洋の騎士道と比較もされるが、帰結は信仰上の差異と主従の重心がどこにあるかが本論といえ、それは直接的な概念の比較ではない。もっというと西洋思想全般に対する思想との比較である。恐らくイリアス・アデッセイアを含むであろうギリシアの神話からローマの政治体系や軍事体系などを経た現代(当時は明治33)までの引用比較がなされている。無論、思想体系としての孔孟思想・仏教思想なども考慮されている。
刊行されし明治33年は義和団の乱(1900年)が起こった年である。説明する事ではないが、簡単にいって中国の基督教派の西洋排斥運動の乱。独逸・仏蘭西・英吉利・露西亜などの諸外国の租借などがあったので当然の動きであろうが、それが、新渡戸の本と何の関係があるのかといえば、乱の鎮圧時、日本も連合軍として参加したが、ここでいえるのは、ほかの国の連合軍が略奪侵略に対して、日本軍は規律ある行動をしたという点である。畢竟、奇しくも、この本の刊行と同時に世界に知らしめた形となっているというわけである。
一応、注訳しておくが、武士道は徳川の時代の武士の作法や思想であるが、明治維新後の廃藩置県・廃刀令以降も日本の思想として普及現存しているというのが本論であり、単純な武士の礼節のみではないのはいうまでもない。
因みに、4年後の日露戦争までは歴史的には日本人の潔さと武士道の心根は後世まで語られているが、14年以降の第一次世界大戦を経て、第二次世界大戦を起こるも、現代では、この戦争戦争は他の戦争と比べて罪と語られている風潮がある。これは近年の靖国問題などをみれば明らかだが、単純に敗戦したからという理由だけではなかろうか?原爆問題や慰安婦問題もあるが、もし戦争に勝っていたら取り上げましたか?と。もし戦争有利で原爆など落とされなければ、どうなったのだろうか?それでも反省する国民だと思う。歴史に「もし」はないが、こうして戦後の反省をするのは、単純な戦争による国力低下だけが反省点でなく、国民的感覚が新渡戸が示す思想体系と合致するからではないかと私は思う。
さて、本文の内容は基本的には武士の思想を西洋の感覚で比較検討した論文。西洋の騎士道と比較もされるが、帰結は信仰上の差異と主従の重心がどこにあるかが本論といえ、それは直接的な概念の比較ではない。もっというと西洋思想全般に対する思想との比較である。恐らくイリアス・アデッセイアを含むであろうギリシアの神話からローマの政治体系や軍事体系などを経た現代(当時は明治33)までの引用比較がなされている。無論、思想体系としての孔孟思想・仏教思想なども考慮されている。
刊行されし明治33年は義和団の乱(1900年)が起こった年である。説明する事ではないが、簡単にいって中国の基督教派の西洋排斥運動の乱。独逸・仏蘭西・英吉利・露西亜などの諸外国の租借などがあったので当然の動きであろうが、それが、新渡戸の本と何の関係があるのかといえば、乱の鎮圧時、日本も連合軍として参加したが、ここでいえるのは、ほかの国の連合軍が略奪侵略に対して、日本軍は規律ある行動をしたという点である。畢竟、奇しくも、この本の刊行と同時に世界に知らしめた形となっているというわけである。
一応、注訳しておくが、武士道は徳川の時代の武士の作法や思想であるが、明治維新後の廃藩置県・廃刀令以降も日本の思想として普及現存しているというのが本論であり、単純な武士の礼節のみではないのはいうまでもない。
因みに、4年後の日露戦争までは歴史的には日本人の潔さと武士道の心根は後世まで語られているが、14年以降の第一次世界大戦を経て、第二次世界大戦を起こるも、現代では、この戦争戦争は他の戦争と比べて罪と語られている風潮がある。これは近年の靖国問題などをみれば明らかだが、単純に敗戦したからという理由だけではなかろうか?原爆問題や慰安婦問題もあるが、もし戦争に勝っていたら取り上げましたか?と。もし戦争有利で原爆など落とされなければ、どうなったのだろうか?それでも反省する国民だと思う。歴史に「もし」はないが、こうして戦後の反省をするのは、単純な戦争による国力低下だけが反省点でなく、国民的感覚が新渡戸が示す思想体系と合致するからではないかと私は思う。
2007年07月16日
中国産原材料の危険性と中国の国民性
中国産の食品で日米の消費者に多くの波紋を起こしている。以前からもあったのだが、ここ最近のアメリカのペットフード事件や歯磨き粉の有害物質など多くの中国原材料からの派生事件が多発している。
なかでも衝撃的な映像は北京でのダンボール肉慢である。御存知かと思いますが、肉慢の中に入っている具。これを増量する為にダンボールを煮て加工。するとダンボールは肉慢の具とそっくりに出来上がる(というよりも具というものが元々判断しにくい)。これは中国的にいうならば、騙されるほうが悪いという以前に、そういうもの だと思われる。国民性の問題もあるが、社会の格差が当然の如くあるからだと思う。私も中国・北京を訪れたことはあるが、高層ビルの乱立している下は貧困層ですから。日本とは違う部分も多々ある。自転車は道路封鎖、飛び出し当たり前だし、列に並ぼうとする人もいない。おまけにトイレは殆どが有料であるし、終始物を売りつけてくる人がいる。そもそも、日本と同じ間隔で考えれないと思います(余談だが、日本の関西をきつくした感覚がある。)
誤解のないように記しておきますが、あくまでも貧富の差からの視点であり、ちゃんといい人もいますし、勤勉な方も多いです。
ただ、今回の中国製品に対する評価は、そういう人口大国の中での人間の淘汰の中で生まれるものと思います。日本でも牛肉偽装事件もあったでしょうに。会社として淘汰されないためにはやるでしょ?と。マスコミにはそこまで報道してほしい所である。
あくまでも視点・論点です。中国原材料が安全とは一言もいってませんので御了承下さい。
中国は歴史や文化面で日本には親密な関係がある。特に「三国志」「水滸伝」「西遊記」などにみられる歴史は抜群の人気を誇る一方で国民間的には隔たりがある。こういうのも中国本国での古典研究よりも日本の中国古典の研究のほうが進んでいるという側面があるからだろうと思う。土壌的には日本の学校では漢文の授業はあっても、中国で日本語は一般的ではないと思う。この差が、そのまま国家間の差だと思う。
なかでも衝撃的な映像は北京でのダンボール肉慢である。御存知かと思いますが、肉慢の中に入っている具。これを増量する為にダンボールを煮て加工。するとダンボールは肉慢の具とそっくりに出来上がる(というよりも具というものが元々判断しにくい)。これは中国的にいうならば、騙されるほうが悪いという以前に、そういうもの だと思われる。国民性の問題もあるが、社会の格差が当然の如くあるからだと思う。私も中国・北京を訪れたことはあるが、高層ビルの乱立している下は貧困層ですから。日本とは違う部分も多々ある。自転車は道路封鎖、飛び出し当たり前だし、列に並ぼうとする人もいない。おまけにトイレは殆どが有料であるし、終始物を売りつけてくる人がいる。そもそも、日本と同じ間隔で考えれないと思います(余談だが、日本の関西をきつくした感覚がある。)
誤解のないように記しておきますが、あくまでも貧富の差からの視点であり、ちゃんといい人もいますし、勤勉な方も多いです。
ただ、今回の中国製品に対する評価は、そういう人口大国の中での人間の淘汰の中で生まれるものと思います。日本でも牛肉偽装事件もあったでしょうに。会社として淘汰されないためにはやるでしょ?と。マスコミにはそこまで報道してほしい所である。
あくまでも視点・論点です。中国原材料が安全とは一言もいってませんので御了承下さい。
中国は歴史や文化面で日本には親密な関係がある。特に「三国志」「水滸伝」「西遊記」などにみられる歴史は抜群の人気を誇る一方で国民間的には隔たりがある。こういうのも中国本国での古典研究よりも日本の中国古典の研究のほうが進んでいるという側面があるからだろうと思う。土壌的には日本の学校では漢文の授業はあっても、中国で日本語は一般的ではないと思う。この差が、そのまま国家間の差だと思う。
2007年06月23日
サン=テグジュぺリ「夜間飛行」「星の王子様」・・・
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900年〜1944年) フランスの作家。
「夜間飛行」「人間の土地」などの著作があるが、「星の王子様」がとりわけ有名である。
「人間の土地」はサン=テグジュペリの体験記として、かなり厳しい側面のある紀行文。ある意味、当時の飛行技術の未発達が垣間見える。同著は1920年代後半からの体験談であるので、当時の技術はまだ黎明といわざるおえない。これは、当時の戦場をとぶ戦闘機が確立されて間もない年代であり、黄金時代とよばれる前の話である(しかしながら、この当時の飛行戦闘の記録的には最も紳士的な戦いが展開されており、同20後半からは編隊が確立されてからは時代的にも殺戮の時代が空へ侵攻した。注・地上戦はあくまでも殺戮しかなかった)。
「夜間飛行」は紀行書として、そして人間関係が描かれている。それこそ上司・部下の様相で、この大人組織の描き方が後の「星の王子様」にも繋がる。
この2冊をよんだ感想としては、サン=テグジュペリの人間性が浮き出ている良作であるし、その人間性は何であるか?ととらえなおすと「現実」と「夢」をきりはなせないタイプだと分かる。事実、サン=テグジュペリの人生は兵隊としての人生であり(当時は総力戦といって殆どが兵隊だった。まぁ、記する必要もないが・・・)、その航空部隊生活において、何度も事故をおこし飛行禁止措置をうけても、再び飛ぼうとする。無理押しで飛行するも地中海で消息不明。1944年の事である。後2000年にマルセイユ沖で乗機は発見される。(1900年に生まれなので1944ということは享年44歳)
「星の王子様」について
世界中で愛読されている童話。あまりにも有名なので割愛させていただきますが、大人が読めば、痛い内容が含有されており、子供対大人というよりは子供から見た大人である。そこに善意も悪意もなにもない視点が王子様の視点であるが、作者の視点を考えると、明らかに現行の体制への不満がみてとれる。きれいな作品でなく汚い世界をきれいにみる作品なのかも知れない。たかだか童話であるが、創作にあたっては相応の人生経験がベースになっている点が評価すべき点であり、こういった批評自体が「大人は変だ」という王子様的な無力化であり綺麗な世界が維持されている部分だろう。
尚、「夜間飛行」「人間の土地」はジブリアニメの宮崎駿氏の愛読書であり文庫の表紙は氏が描いたイラストである。
「夜間飛行」「人間の土地」などの著作があるが、「星の王子様」がとりわけ有名である。
「人間の土地」はサン=テグジュペリの体験記として、かなり厳しい側面のある紀行文。ある意味、当時の飛行技術の未発達が垣間見える。同著は1920年代後半からの体験談であるので、当時の技術はまだ黎明といわざるおえない。これは、当時の戦場をとぶ戦闘機が確立されて間もない年代であり、黄金時代とよばれる前の話である(しかしながら、この当時の飛行戦闘の記録的には最も紳士的な戦いが展開されており、同20後半からは編隊が確立されてからは時代的にも殺戮の時代が空へ侵攻した。注・地上戦はあくまでも殺戮しかなかった)。
「夜間飛行」は紀行書として、そして人間関係が描かれている。それこそ上司・部下の様相で、この大人組織の描き方が後の「星の王子様」にも繋がる。
この2冊をよんだ感想としては、サン=テグジュペリの人間性が浮き出ている良作であるし、その人間性は何であるか?ととらえなおすと「現実」と「夢」をきりはなせないタイプだと分かる。事実、サン=テグジュペリの人生は兵隊としての人生であり(当時は総力戦といって殆どが兵隊だった。まぁ、記する必要もないが・・・)、その航空部隊生活において、何度も事故をおこし飛行禁止措置をうけても、再び飛ぼうとする。無理押しで飛行するも地中海で消息不明。1944年の事である。後2000年にマルセイユ沖で乗機は発見される。(1900年に生まれなので1944ということは享年44歳)
「星の王子様」について
世界中で愛読されている童話。あまりにも有名なので割愛させていただきますが、大人が読めば、痛い内容が含有されており、子供対大人というよりは子供から見た大人である。そこに善意も悪意もなにもない視点が王子様の視点であるが、作者の視点を考えると、明らかに現行の体制への不満がみてとれる。きれいな作品でなく汚い世界をきれいにみる作品なのかも知れない。たかだか童話であるが、創作にあたっては相応の人生経験がベースになっている点が評価すべき点であり、こういった批評自体が「大人は変だ」という王子様的な無力化であり綺麗な世界が維持されている部分だろう。
尚、「夜間飛行」「人間の土地」はジブリアニメの宮崎駿氏の愛読書であり文庫の表紙は氏が描いたイラストである。
2007年06月20日
目録
目録
■各種文献関連及び思索項
■学術入門の項目
■社会的思索・見地の項目
■紀行の項
■趣味の項目
各種文献関連及び思索項
『武士道 新渡戸稲造著』
『鳥獣蟲魚』
『秘伝・戸隠流忍術』
『バルタザール・グラシアン『賢人の知恵』にみる啓発』
『懐疑主義』
『サン=テグジュぺリ「夜間飛行」「星の王子様」・・・』
『ツァラトゥストラはかく語りき』
『アンティゴネー』
『南方熊楠』
『感覚変容のディアレクティク・改』
『三島由紀夫と文学』
『海底二万海里』
『モンテクリスト伯(岩窟王)』
学術入門の項目
『数学入門キーワード』
『物理キーワード』
『生物キーワード』
『地理キーワード』
『世界史キーワード』
『日本史キーワード』
『社会学キーワード』
『経済基本キーワード』
『政治キーワード』
『倫理キーワード』
『TOEIC 助動詞』
■社会的思索・見地の項目
□国家
□精神的課題
□犯罪
□国家
『憲法9条の改正論について』
『靖国参拝』
『韓国の新興宗教について』
『国旗国歌判決』
『防衛省昇格』
『住民基本台帳カード』
『19年東京都知事選』
『久間防衛相辞任「原爆しょうがない」』
『自民大敗について』
『中国産原材料の危険性と中国の国民性』
□社会
『「個」の「社会」』
『年金支給問題』
『「ネオニート」「株」「せどり」』
『労働基準監督署について』
『職場におけるある行為は行き過ぎか?(許容範囲の実例)』
『ワーキングプアー』
『厳しい上司』
『エコドライブ推進月間』
『不正改造車について』
□精神的課題
『いじめと自殺』
『いじめと自殺?A ネットの弊害として―本当に情報は正しいのだろうか?』
『いじめと自殺?B 反省点とまとめ』
『反大人論』
『学校教育における子供の進路決定権について』
『男性教諭が小6児童の背に「おバカさん」張り紙』
『子供とインターネットの匿名性』
□犯罪
『路上の倫理』
『自殺考』
『鬱病についての考察』
『キュベレイズムから男女の遺伝子まで』
『精神異常による犯罪は無罪か?』
『少年の殺人事件についての考察』
■紀行の項
『古都・鎌倉を訪ねて』
『神田・神保町 ?@』
『TOYOTA megawebヒストリーガレージ』
『国道16号』
『秋葉原にみる文化』
■資料館の項
『土方歳三資料館』
■趣味の項目
□映画
□アニメーション項
□美術関連項
□資料館の項
『車輌整備用工具』
『ロータス・ヨーロッパ』
『嗜好品』
映画
『蝿の王(Lord of the Flies)から考える』
『「ノートルダムのせむし男」』
美術関連項
『宗教画と女性画』
『ルーブル美術館展 』
『仏像〜一木にこめられた祈り』
『ダリ回顧展』
『レオナルド・ダ・ヴインチ展』
『モネ大回顧展』
『』
■各種文献関連及び思索項
■学術入門の項目
■社会的思索・見地の項目
■紀行の項
■趣味の項目
各種文献関連及び思索項
『武士道 新渡戸稲造著』
『鳥獣蟲魚』
『秘伝・戸隠流忍術』
『バルタザール・グラシアン『賢人の知恵』にみる啓発』
『懐疑主義』
『サン=テグジュぺリ「夜間飛行」「星の王子様」・・・』
『ツァラトゥストラはかく語りき』
『アンティゴネー』
『南方熊楠』
『感覚変容のディアレクティク・改』
『三島由紀夫と文学』
『海底二万海里』
『モンテクリスト伯(岩窟王)』
学術入門の項目
『数学入門キーワード』
『物理キーワード』
『生物キーワード』
『地理キーワード』
『世界史キーワード』
『日本史キーワード』
『社会学キーワード』
『経済基本キーワード』
『政治キーワード』
『倫理キーワード』
『
■社会的思索・見地の項目
□国家
□精神的課題
□犯罪
□国家
『憲法9条の改正論について』
『靖国参拝』
『韓国の新興宗教について』
『国旗国歌判決』
『防衛省昇格』
『住民基本台帳カード』
『19年東京都知事選』
『久間防衛相辞任「原爆しょうがない」』
『自民大敗について』
『中国産原材料の危険性と中国の国民性』
□社会
『「個」の「社会」』
『年金支給問題』
『「ネオニート」「株」「せどり」』
『労働基準監督署について』
『職場におけるある行為は行き過ぎか?(許容範囲の実例)』
『ワーキングプアー』
『厳しい上司』
『エコドライブ推進月間』
『不正改造車について』
□精神的課題
『いじめと自殺』
『いじめと自殺?A ネットの弊害として―本当に情報は正しいのだろうか?』
『いじめと自殺?B 反省点とまとめ』
『反大人論』
『学校教育における子供の進路決定権について』
『男性教諭が小6児童の背に「おバカさん」張り紙』
『子供とインターネットの匿名性』
□犯罪
『路上の倫理』
『自殺考』
『鬱病についての考察』
『キュベレイズムから男女の遺伝子まで』
『精神異常による犯罪は無罪か?』
『少年の殺人事件についての考察』
■紀行の項
『古都・鎌倉を訪ねて』
『神田・神保町 ?@』
『TOYOTA megawebヒストリーガレージ』
『国道16号』
『秋葉原にみる文化』
■資料館の項
『土方歳三資料館』
■趣味の項目
□映画
□アニメーション項
□美術関連項
□資料館の項
『車輌整備用工具』
『ロータス・ヨーロッパ』
『嗜好品』
映画
『蝿の王(Lord of the Flies)から考える』
『「ノートルダムのせむし男」』
美術関連項
『宗教画と女性画』
『ルーブル美術館展 』
『仏像〜一木にこめられた祈り』
『ダリ回顧展』
『レオナルド・ダ・ヴインチ展』
『モネ大回顧展』
『』
バルタザール・グラシアン『賢人の知恵』にみる啓発
バルタザール・グラシアン(1601-1658)イエズス会の修道士で、著書「賢人の知恵」がある。ないようは多くの啓蒙・啓発の哲学書と同じく、現代の啓蒙書と重複すべき部分が多々とみられる。しかし、この書は17世紀に書かれた物で(あくまで訳著。原文との差異は考慮していません)あるにもかかわらず、今までの日本が敬遠してきた事が現実的に書かれている。
簡単に紹介・中訳します。
■知識と勇気
これが著書の中の柱。非常にバルタザールは「知識」を優先的に著してます。それに行動する為の勇気についても言及しています。どちらもなければ意味はないと端的にいえば述べているのが興味深く、同じく「学」をのべる「孔子」のおこなわざれはこれ難しと類似していますが、ニュアンス的にはやや一歩前に出た感覚がする。ただし、全体としてバルタザール自身の哲学は一歩引いた哲学であり、そこに攻撃性は皆無であるのはいうまでもない。
■他者に関しての寛容さ、自己の狡猾さ
非常にいいにくいことだが、読めばわかるが、多少でも「論理哲学」を行った人なら100%わかることだが(やってない人=わからないではない。勘違いする人が多いので一応、記して置く。専攻=わかったでもない。くどい様だが、定義でなく感覚的な領域である。)、寛容さと対極すべき狡猾さは対極ではないということ。このあたりも日本人には歴史的・風土的にも理解しがたい部分で、ある意味 西洋思想とも一言でいえる。日本になじみが薄いのはこのあたりが原因ではないかと思う(考察ですので、本文記載はないです。あしからず)。
■外見力
この書物の大きな特徴の一つ。最近になって各ビジネス誌でも「外見」を取り扱うが、この17世紀当時からビシッと指摘されている(欧米で太った人間=自己管理できない=役職に就けないという都市伝説もわかる気がする)。言及するに 外見で判断してはいけませんとは記してありますが→第一印象で判断してはいけません→けれども他者は第一印象で判断するし、見た目でも判断する ということ。後はいわずがなである。
■総じて
本書は論理哲学の書であると推論する。なぜなら、論理的でなくば、その矛盾点に気がつかず、論理的であっても紙一重で矛盾を回避した内容であるからだ。これは、よく発行されているビジネス哲学雑誌にある記事、これを読めば分かるが、最初にAが経営で成功した事例と哲学と紙面後半の経営者Bの成功哲学が類似点はあろうが違う点と酷似している。少々わかり辛いが、著書は太字でセンテンスごとに区切ってあるが、その中から矛盾点を探せるだけのキャパシティーは含有された書だ、ということ。
書面は簡潔そうであるが思索は避けられないと思う。
2007年05月24日
土方歳三資料館
多摩川に架かる石田大橋をわたり多摩都市モノレール万願寺駅の傍に土方歳三の資料館がある。資料館とはいえ歳三の生家を改築したものであり規模は大きくはない。資料館は歳三の生家(多少の移築はしてあるが)であり、新撰組発足前の天然理心流道場時代の雰囲気が感じられる。
さて、肝心の資料館であるが、住宅街の中にある。周りが「土方」姓の家屋ばかりなので少し探せる。入館料は500円で新撰組の格好をした御姉さんが中へ案内してくれる。あくまでも個人運営の範囲であるので展示数も限られるが、生家ならではの資料がある。石田散薬の箱や鎖帷子、天然理心流の木刀、土方家武具、豊玉俳句集、あとは近藤勇の文献資料などである。中でも土方の愛刀・和泉守兼定が美しい。一応、解説は控えるが、これは函館のおりの刀でなく土方家に残っていた歳三の刀のようだ。(最期に市村鉄之助に託した刀ではない。思うに函館帰還の際の路銀になったのだろうと思われる)。ちなみに15cm近く短い。兼定は正宗、村正と比べると戦場刀に近いと思うんですよ。刃先に顕れる紋様といい棟といい。
後、補足であるが来館者の9割は女性が占める。一つに新撰組が女性誌でも重要な要素の位置が確立された為。15年ほど前では考えられなかったものである。そして、もう一つが土方歳三自身の容貌のせいである。当時の写真が残っているが、非常に格好がよい。この時期の史人のなかでは群をぬいている(ちなみに桂小五郎も良い。司馬小説で逃げの小五郎が出来るのも納得できる)。この容貌が大きな比重をしめていると思う。
司馬遼太郎「燃えよ剣」は土方を中心として新撰組の盛衰がわかり、小説としても資料としても優秀な入門書(一応NHKの原作)。「新選組血風録」は短編集であるが、これは小説としても面白い。必ず読んでおこう。司馬小説は浪漫としての側面が強いが、徹底的な資料検索が根底にあるので、そこに至る物語の中から資料を取り出せない人間にとっては大きな毒にもなりうるのはいうまでもない。


